メディアミックスされた表現は現実のすぐそこにあった。
耳と鼻と目、触覚、人力メディアミックスって言ったら変かな。
肉体と肉体以外の環境、ミックスしていく。
表現が生まれる、生まれた、生まれていく。
細かいことも、言葉も気にしない、なぜなら今どうでもいいから。
奇を衒うことも、自分であることも投げ捨てた。あるのは、どすぐらい肉体。
この文章をただ書き連ねた先、積み重ねが軌跡を辿る。
朝の光が虚しい。
昨日は一日休んでた。
何もしなかった、誰とも関わりたくなかった。
足りないのは休養、満ち足りた贅沢な一日だった。じっくりと自分と向き合って、心の声を聞いた。
もう誰にも執着したくないなと思って、いろんな自己啓発動画を見ると、解釈は自分次第ということ。
不平不満を感じる自分がいるなら、自分をなんとかするしかない。
もちろん100%信じているわけではなく、社会に向けて訴えることは大事。
我慢と我儘のバランスは課題。
休んでから、また音楽活動できるのかなとふと頭に過ぎり、もっと休みたいなとも思った。
動くから休む快楽もある、しかし快楽にすべきなのだろうか。
マニキュア 東京、本、日本、国、音楽、運動、性、趣味、居場所
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