→ 配信者と一緒に物語を作る“共演者”のような立ち位置になっている 発信することが、特別じゃなくなった。ネットはもう「居場所」じゃない。
むしろ、見張られている“監視社会”に近づいている。発信はもはや、「何かを伝えたい人」だけのものじゃない。
● 発信する“僕たち”自身が、時代の消費者になっている
気づけば、僕たちは発信しているようで、
ただ「時代に発信させられてる」だけかもしれない。
流行に乗り、テンプレートに従い、
“ウケる話し方”を身につけ、
“バズるコンテンツ”を真似していく。
「自由に発信してるつもりが、いつのまにか“誰かの正解”を演じていた」
**「発信している自分でいたい人」**のものになった。
それは否定されるべきことじゃない。
ただ、そこにある**“ズレ”**には、目を向けておきたい。
● 発信の時代は、ある種のディストピアかもしれない
この社会では、誰もが監視し、誰もが晒されている。
ちょっとした失言で燃えるし、ネットが法廷よりも強くなることだってある。
「誰でも発信できる時代」って、聞こえはいい。
でもその実態は、「誰もが発信せざるを得ない時代」なのかもしれない。
そう考えると、配信文化の行き着く先は、「個性の戦場」であり、「承認の戦争」だ。
そしてそれは同時に、誰かに気づかれないまま終わっていく、名もなき孤独たちの墓場でもある。
でも、僕はまだ言葉を発信し続けると思う
なぜなら、発信とは「孤独の告白」であり、
それを言語化することこそ、僕にできる最も誠実な行為だと思うから。
もはや「自己表現しないほうがマイノリティ」になった。
アニメのつまらなさ 年を取ると日々の生活の中での出来事に新鮮さがなくなる新鮮さがなくなると、体がその出来事に慣れてしまい、記憶をしなくなる。【インターネットが原因】知らず知らずのうちに膨大な量の情報をインプットしてしまっている。ドラマや音楽でも「間」や余韻を楽しめなくなってきている影響かショートドラマやイントロが非常に短い曲が増えている。このようになると、体に蓄積される情報量が増えるだけでなく体に入ってきた情報を思い出したり、考えたりする時間や余裕がなくなるから記憶力が低下してきた」と感じやすくなる。まとめ1番の理由は自分が「年を食った」からというのが理由だろう。昔見てたアニメを今見ても楽しめるか?
思い出
感覚 匂い
言葉は記憶のなかに
印象は委ねられる あなたにきらわれても構わない 共感しません
死も生もない 友よ ともに
お金は力
自分が関わらない幸せを喜ぶ
「平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、此の地は急速な変転をなし、山野は村に、村は町にと次第々々に開けてゆく。 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて野辺に山辺に嬉々として暮してゐた多くの民の行方も又何處。」
乾杯しやうぢゃないか
人といふものどもに
善人も悪人も
いつの世も人は繰り返す
膿むには余りに長く
学ぶには余りに短い
時の螺旋状
だからこそ好く欲し
好く発するのだろう?
命など 陽と地と詩とで満たされるほどのものなのに
2. 「不条理」とは何か [03:29新しいウィンドウで開く ]
根本的な問い: 「人生が生きるに値するかどうか」を判断することが哲学の唯一重大な問いです [
]。03:38新しいウィンドウで開く 不条理の定義: 意味や筋道を求める人間と、それに対して沈黙を続ける世界との対立・噛み合わなさを指します [
]。04:16新しいウィンドウで開く 2つの「逃げ(回避)」の否定:
肉体的な自殺: 対立そのものを解消せず、単に問題を回避・屈服しているだけです [
]。04:54新しいウィンドウで開く 哲学的な自殺(宗教や希望への飛躍): 未知の救いや未来の希望に逃げ、現実の不条理から目をそらす行為です [
]。05:24新しいウィンドウで開く
3. 不条理を生きるための「3つの帰結」 [06:36新しいウィンドウで開く ]
不条理から逃げず、それを見つめ続けながら生きるために必要な態度として以下の3つが挙げられます。
反抗 (
[00:06:58]): 不条理な状況に屈せず、対峙し続ける姿勢。自由 (
[00:07:35]): 未来の目的や既成概念の縛りから解き放たれ、今この瞬間の選択権を取り戻すこと。情熱 (
[00:08:14]): 生の「意味や質」ではなく「経験の量」を追求し、今この瞬間を精力的に生き抜くこと。
4. 不条理な精神を体現する例 [09:25新しいウィンドウで開く ]
ドン・ファン (
[00:09:39]): 永遠の愛という幻想を追わず、今目の前にいる存在との瞬間的な出会いを重ねる。俳優 (
[00:10:26]): 舞台の切那の輝きに全てをかけ、消失していく命の中で多種多様な生を演じ尽くす。征服者 (
[00:11:15]): 歴史的勝利ではなく、自らの意思で世界に反抗・行動し続けることに価値を見出す。創造(芸術) (
[00:11:54]): 世界を解説・解決しようとせず、あるがままを描写して反抗の証とする。
5. シーシュポスの神話と結論 [13:34新しいウィンドウで開く ]
終わりのない徒労: 神々の罰により、山頂へ岩を押し上げては転がり落ちる作業を永遠に繰り返すシーシュポスは、人間の生の究極の比喩です [
]。13:47新しいウィンドウで開く 意識の目覚めと勝利: 岩が転がり落ち、ふもとへ降りていく瞬間、シーシュポスは自分の運命を完全に自覚しています [
]。希望を持たないからこそ絶望することもなく、絶望的な運命を自らの意思で受け入れて押し上げ続けることで、運命を超越・反抗しています [14:21新しいウィンドウで開く ]。14:54新しいウィンドウで開く 結び: 世界が意味を与えてくれなくても、その不条理を直視して反抗し続けることの中に人間の真の尊厳があります [
]。私たちは「シーシュポスは幸福であると想像しなければならない」のです [16:05新しいウィンドウで開く ]。16:59新しいウィンドウで開く
名越氏自身の「不思議な体験談」
幼稚園での記憶の空白: 兵士の「誰にも言えなかった体験」に共感し、名越氏自身も「幼稚園でお弁当を食べた後、気づいたら自宅で一人で横になっていた」という記憶と時間の不可解な体験談を披露します 知らないはずの世界にいるとか、そいう世界が僕たちの隣り合わせにいる 近しい人がいなくなると「じゃあ次の人呼びましょう」みたいな 諸行無常


なし-l3m
1 か月前